休憩のお知らせ
ここ数日無断で休載していてすみません!
少しの間、株に対しての向き合い方を変えようと思い、時間を作るためにもブログと板動画の録画を辞めてみました。
株から離れたわけではなく相変わらず9:00-15:00はほとんどPC前にはいますが、
持ち株が動かなかったり、微妙な相場環境の時はゲームしてみたり、動画見てたり(ニートみたいな生活....)しています(笑)
このままではデイトレだけでの生活はかなり厳しく、理由としては色々複雑な家庭環境なのもあり、毎月の固定費が高いので約50万くらいは必要、なおかつ数年でおそらく60‐70万くらいまで上がってしまうのがほぼ確定しているため、資金をじりじり増やしていても正直生活が苦しくなるだけなので一旦トレード形態を中長期に変更しつつ元々実業の部分ではお師匠さんがいるのでそちらで働き始めようかなといったところです。
株をやろうと覚悟したきっかけを少しだけ気まぐれで書いてみます!
おそらく共通した部分がある方もまれにいるのですが、大半の人は経験しないような話になるので興味ある方だけ読んで何か感想でもいただけたら嬉しいです!(笑)
第1話
実際、株をやるに至った理由も色々な人生経験を経て、「楽に金が稼ぎたい!」というよりかは「自分がお金を作れていたらもう少し迷惑かけなかった人たちがたくさんいたし、気まずい関係にならずに済んだ人たちがたくさんいたな」と根本的には自分は全然関係なかったものの色々な人に助けられすぎて気まずくなったり、派閥的なものがあったり、反社的な人たちが入ってきたり、まぁ色々あったわけです....。
めちゃくちゃ×5長くなってしまうのでとりあえず今回は師匠に出会うまでの過程を
元々、若いときから父親をみて、「サラリーマンってなんか嫌だなぁ」と思っていた(決して父親が嫌いなわけではありません。)自分は結構考えすぎるタイプだったので中学生時代にはすでに人生を平均寿命まであと何時間かをガラケーのメモ帳に入れて毎朝に昨日過ぎていった時間を減らしていました(笑)
まぁ同級生誰に聞いても変な奴といわれるくらい哲学的なことが好きな変態でした。
そこで1日8時間、週に5日も働いて40年後にボロボロの体で老後が訪れるのは嫌だと思っていた僕が社会の授業で初めて受けたのが「株のデモトレード」でした。
当時はクラス中でみんなビギナーズラックのなか、いろんなことを考えてやっていた僕と数人だけがマイナス(笑)
ただ、ゲームの本質的に最初負けたらもう勝ち目なし!
1000万の+10%は1100万だけど700万まで減らしてしまった僕は周りの+10%が僕との差では400万...
つまり+57%以上にならなければ勝てないゲーム。無理じゃん!ということで
諦めていました。
そして毎月つまらない授業が過ぎ、年が明けてその授業の最後の会に行くとびっくりしたことになぜか僕意外全員マイナスで僕は1150万円でした(笑)
そこ以外は特に細かく覚えておらず....。
ただ今思えばとてつもないプラスだしもっと分析すべきだったなぁと(笑)
そして部活まみれの高校が終わり、大学へ。
18歳の時大学に入学後すぐにできた友人(親友)が大病を患い、無事に2,3年で一般的な生活は送れるくらいには回復したものの「一級障碍者」という枠組みになってしまいました。
「公務員くらいしか就職は難しいんだよな」ということを友人がよく言っていたので俺が会社作って従業員100人くらいいれば1人くらい仕事が適当でも養えるだろうという安易な考えで「なんか会社やろう!」と思い、海外インターンの会社を大学で作った先輩に会いに生き色々と話をしていました。
で、なんだか野望を持った先輩から好かれるタイプの自分はその先輩からいろいろな先輩を紹介(海外に学校作る人とかマルチ商法がちがちの人とか....)され、その中で
とある先輩に会いました(この方は師匠ではありません。)
その先輩は大学生ながら会社(確かプログラミング?)をやっていたり、
不動産投資や海外の事業投資などをやっていたりして、色々話を聞いていました。
今思えば、言葉こそお金持ってそうな風ですが、実際は結構な少額だったようであまりお金持ちではなかった....
でも毎週のようにご飯おごってもらったりしていたので少し反省と感謝(笑)
その方から投資やビジネスの超基礎的なものをなんとなく学び、なんとなく就職しなくてもいけるか?と大学1年で海外が好きだった僕はJTBへの合同説明会へ申し込んでいたのですが、さっさとバックレてFXの勉強を。(といっても本が大嫌いだったのでなんとなーくブログ見たりするくらいで完全独学のギャンブル狂のようなトレード...)
学も運も経験もない自分はひたすらトントンかぼろ負けを繰り返していました(笑)
これでは身もふたもないと思いながらもいろんな種まきをするタイプの僕はSNSでとにかくいろんな人に会ってもいたので投資と実業両方で行こう!と思っていました。
ちなみに株をやらなかった理由はなんだかんだでお金が数万しかなかったので今のようにS株とかない時代で30万40万貯められるタイプでもなかったというだけです(笑)
そんな中でSNSで出会ったときに「あ、この人だ!」と思った人がおり(この方も師匠ではありません)、その人とは月に1度ご飯にいき、毎回「こないだどんな人に会った」や「こんな夢がある」などを語り合っていました。
そして21歳の時(大学4年)、その方と学生起業というもの始め、形的には執行責任者だったのですが具体的には何もできず、というかあまりにも社会を知らなすぎて、そして物事の理屈を知らな過ぎて、にもかかわらずおそらく調子に乗っていたと思います。
結果はもちろんダメダメで危険臭が凄い感じになってきた段階で離脱。
まぁ思うものはたくさんあったし失ったお金もたくさんありましたが、自己責任だし勉強になったと思っています。
そしてその時給与は貰っていなかったので奨学金の残金とアルバイトで会社の経費を何とかしたり、自分の生活費をやりくりしていました。
その時のバイト先は
僕が大学3年生の時にやっていたバイト先に最初、部下として入ってきた一回り年上のおじさんがおり、なかなかに哲学的な話が合うタイプの面白い方で毎週バイト終わりは朝まで一緒にダーツやビリヤードして遊んでいたのですが、ある時「六本木でお店OPENするの誘われたんだけど手伝ってほしい」ということで僕は大学3年の12月からそこでアルバイトをすることに。
始めはその飲食店の社長を紹介され、「人当たりもノリも良くて優しい人」という印象でしたが、この飲食店の社長が後にいろいろと面倒なことになるのですが、多分書いてしまうと銀行とか政治家とかアウトな面が多々あるので省きます...(笑)
そしてそのバイト先の副社長が僕のお師匠さん。
初めて紹介されたときは熊本から来た方で水商売(キャバクラとかスナックみたいなの?)の経営者でそのお店が政治家、銀行、某財閥の取締役案件の飲食店ということで副社長任命された優秀な人という感じ?でした。
が初めて会ったときはなんだか田舎臭があるドラマでしか見ないようなデヴィ婦人みたいな服装の人で「あの人絶対苦手だなぁぁぁ」って感じの人でした(笑)
そしてアルバイトしながらやっていた学生起業の会社を離れるかどうかを相談をとりあえずバイト先の僕を誘ってくれた人と副社長(この時この飲食店の社長はほぼ飛んでいた状態でほとんど副社長が無理やり代わりをやらされている状態でした(笑))に相談したところ副社長から2人で話しましょうと言われ「学生起業っていうのは面白いと思うけどまだ早いと思う。まずは自分の生活をきちんとできる環境を整えた上でもう一度やりたいことをやってみたら?」と言われ、「確かに!」となぜか当たり前のことを言われただけなのに納得して就職(笑)。
そこからは僕が嫌いな毎日同じ時間働くルーティン生活。
ただ、お客さんも意外と良い方が多く、良すぎて面倒くさい方もいましたが毎日一生懸命12時間以上働いていました。
終盤は副社長とは12時間くらい働いた後にさらに4,5時間外で立ち話をしたり...。
今思うと当時の自分、体力半端ねーーー(;´Д`)
まぁ結果としてはその数か月後にはこの飲食店は閉店(社長自己破産?)して3か月後には給与未払い状態になるのですが....苦笑
今日はこんなところで!!
この続きはまた気が向いたときにでも書きます!